滝口入道とびわに救われる維盛と伊子の手紙に救われる資盛。
アニメ「平家物語」の10話「壇ノ浦」の考察ページです。
今回は、維盛入水と資盛の恋のお話をしようと思います。
光源氏の再来と言われた維盛の入水までの足取りと、資盛と伊子の恋が3話からどう進展していったかを見ていきます。
前回の考察はこちら。
維盛出家
維盛「もう戦に出るのも、逃げるのも、怯えるのも、終わりにしたい。それは・・恥ずかしく、臆病なことであろうか」
滝口入道の元を訪れ、自分の思いを伝える維盛に、滝口入道が言った言葉が印象的でした。
それくらいのことで、と言う者もおるやもしれませぬ。
ですが、人が耐えられる苦しみに自分が耐えられるとは限りませぬ。
耐えることが美徳とされがちな世の中で、耐えられなくてもいいと肯定された維盛は泣き崩れます。
重盛亡き後、嫡男として役目を必死に果たそうとしていた維盛がようやく解放された瞬間でした。
維盛はびわと再会する
出家して熊野三山を回る維盛は大きく深呼吸をし、どこか楽し気です。
そんな時維盛はびわと再会します。
びわ「維盛。そなたのことも語ろうぞ」
維盛「私の?何もかもから逃げた私のことを?」
びわ「びわはそなたのことをようよう知っておる。大切にしたい」
維盛「ならば生きた甲斐もあるやもしれぬ」
出家の際に、「もはや生きておっても甲斐もない」と言っていた維盛は、自分のことをよく知る者から語られるのであればと、救いを見出すことができたのかもしれません。
富士川と倶利伽羅峠で大敗した平家の大将ではなく、ただの怖がりの維盛として、びわに語られることを維盛は望んだのでしょう。
維盛入水と武里
維盛は武里に、自分の死後は都には行かず(妻が自分の死を知れば出家してしまうだろうから)、平家の人々に自分の最期を伝えるよう言います。
しかし維盛が入水し、他の者(兵衛入道・石童丸)が飛び込むと、維盛の遺言に背いて武里も飛び込もうとします。
「いかにうたてくも、御遺言をばたがへ参らせんとはするぞ。下﨟こそなほもうたてけれ。今はただ後世をとぶらひ奉れ」
『平家物語 巻第十』三日平氏
滝口入道に止められ、武里は入水することはかないませんでした。
主君に先立たれ武里は船に寝ころび泣き喚いたと書かれています。
この後資盛に維盛のことを責められ、武里は涙を流して「申し訳ございませぬ」と言うのでした。
資盛と伊子の恋
資盛と伊子の恋については、アニメでは3話から始まっています。
平家都落ちから、びわが伊子からの手紙を渡すあたりは、アニメでは端折っている部分も多いので、『建礼門院右京大夫集』に記されていることから補完しつつ、二人の恋を振り返っていきましょう!
3話(1177年)
徳子「資盛はね、私に仕えている女房に思いを寄せているみたいなの」
アニメ『平家物語』3話
資盛に思い人がいると聞いて、びわはびっくりします。
伊子は資盛よりも年上の女性です。
資盛「分かります。そばにいて欲しい方に会えないのは、本当にさみしいものでございます」
徳子・伊子・資盛が話すシーンでは、資盛のアプローチが子供っぽいのか、一人で空回りするばかりでいまいち伊子に響いていません。
4話(1178年)
資盛「伊子殿!お願いです。私だけを見て欲しいのです」
伊子「うぅ・・」
(去っていく伊子)
資盛「お待ちください!」
びわは、伊子に追いすがり気持ちを伝える資盛を目撃します。
一人取り残されため息をつく資盛と目が合い、びわは何となく気まずい・・。
その後、牛車の中で資盛は恋の悩みをびわに打ち明けます。
資盛「他にも思いを寄せている人がいるみたいなんだ、伊子殿。私より20近く年上で、歌もうまく絵もうまい男で、私の心をもてあそぶようなことを・・あんまりだよ」
この伊子が思いを寄せている相手とは、藤原隆信(1142年-1205年)のことです。
歌人・画家としても有名な人だそうです。
資盛「あっ、なるほど。俺も他に相手を作ればいいのだ。そうすればあの方の心は千々に乱れ、嫉妬に苦しみ・・。”やはり大切なのは資盛様だ”そう思うかも!」
1年前からは成長し、恋の駆け引き?をするようになったものの、資盛の作戦はやや的外れのような印象を受けます。
びわも「そんなもんかの」と、半信半疑です。
実はこの頃、伊子は母の看病のため宮仕えを辞めており、隆信との関係も解消しています。
資盛の思いに応えなかったのは、隆信に思いを寄せているからではなく、宮仕えを辞するせいだったのかもしれませんね。
6話(1180年)
福原への遷都があり、京に残った伊子と資盛は離ればなれになります。
伊子は宮仕えを退いていたため、福原にはついていかなかったのです。
急な遷都だったため、伊子がいる京を資盛は恋しがります。
びわ「資盛も歌は得意であろう。文を送れば・・」
資盛「お前は分からぬかもしれぬが、男女の仲はそれだけでは・・。ハァ、会えぬならよき嫁御をもらうしかないか」
1181年頃、資盛は院近臣だった藤原基家の娘と結婚します。
7話(1181年)
再び京に戻ってきた資盛たちは、伊子との仲について清経から指摘されています。
清経「資盛兄上は思い人との仲が元通りになられましたから、他のことはどうでもいいのでしょう」
伊子が宮仕えを辞めた後も、資盛と伊子は愛を育んでいたようです。
8話(1183年)
木曾義仲から京を守る兵力がない平家は都を落ちることに。
荷物をまとめていた徳子は資盛と伊子が一緒にいるところを目撃します。
徳子「資盛。伊子殿とはまだ続いていたの」
資盛「はい・・。伊子殿は京に残るのですね」
徳子「他にも妻や子供を残していく者が多いそうよ」
この頃の資盛は心に余裕がない状態だったと、『建礼門院右京大夫集』に書かれています。
かかる世の騒ぎになりぬれば、はかなき数にならんことは、疑ひなきことなり。
このような時勢になった以上、私が亡き者の数に入ることは疑いのないことです。
『建礼門院右京大夫集』
既に資盛は自分が死ぬ覚悟をしていたようです。
資盛は、自分が死んだ後菩提を弔って欲しいと伊子に頼みます。
年月といふばかりになりぬる情けに、道の光も必ず思ひやれ。
(中略)
「さても」など言ひて文やることなども、いづくの浦よりもせじと思ひとりたるを、なほざりにて聞こえぬなど、なおぼしそ。
あなたと親しくなって長いつきあいだから、その情けで後世を弔ってほしい。
「ところで(いかがお過ごしですか)」などと言って、手紙を送ることなども、どこの海辺からもするまいと決心していますので、あなたをおろそかに思っているから手紙を差し上げないなどと、決してお思いにならないでください。
『建礼門院右京大夫集』
そして文を送ることはしないと伝えています。
これが資盛と伊子の今生の別れとなりました。
9話(1184年)
びわが浅葱の方との出会いを経て、平家一門の元に戻ろうと決めた時、たまたま伊子がびわを見つけます。
そして伊子はびわに資盛への手紙を託すのです。
10話(1184年)
資盛は後白河法皇に命乞いの手紙を出すも、返事は来ません。
重盛亡き後、院の近臣として法皇のために働いてきたのに何故・・という気持ちもあったでしょう。
桜の木にとまった蝶を見ながら、蘭陵王を舞っていた時の維盛のことを思い出す資盛。
兄弟である清経・維盛を立て続けに失い、資盛もさすがに気落ちしています。
そこへびわが現れ、伊子からの手紙を資盛に渡します。
手紙にはこう書かれていました。
あだならぬ便りにて、たしかに伝ふべきことありしかば、「かへすがへすかくまでも聞えじと思へど」などいひて、
おなじ世と なほ思ふこそ かなしけれ あるがあるにも あらぬこの世に
確かに頼りが届けられると信用の置けるつてが出来たので、「何度も何度も、このような文を書くまいと思ったのですが」と言って、
私とあなたが同じ世に生きていると思うことが悲しい。生きていることが生きていることにもならない、生きているとも思えないこの世に。
『建礼門院右京大夫集』
資盛は伊子からの手紙が嬉しかったようです。
明日とも知れぬ身であるからか、資盛は伊子に返事を書きます。
あるほどが あるにもあらぬ うちになほ かく憂きことを 見るぞかなしき
生きているうちが生きていないようなこの世にあって、なおこのようなつらいこと(兄弟の死)を見るのは悲しいことです。
『建礼門院右京大夫集』
これが二人の最期のやり取りとなりました。
七年間にわたる二人の恋を追ってきましたが、資盛は本当にいい男になりましたね。
『建礼門院右京大夫集』では、屋島にいる資盛に確かに手紙を届けられるあてがあると書かれていますが、その役目をアニメではびわが果たすというのも良かったです!
びわは、そなたらに会ってそなたらを知った。だから、見て聞いたものを、ただ語る。
失うばかりの平家にとって、資盛や徳子にとって、びわの帰還というのは嬉しいものだったのではないでしょうか?
びわ「ここにおる」
資盛「お前、俺らの状況分かってる?」
相変わらずのぶっきらぼうで口が悪い資盛でしたが、もうびわも、資盛のことを知る私も全然嫌じゃありません。
1話から資盛のことを見てきましたが、びわとはいい喧嘩仲間という感じで、二人の関係が大好きになりました!
10話の感想
10話・11話が連続放送でしたね。
1185年3月24日がまさに壇ノ浦の戦いの日だったので、この日にどうしても放送したかったのかもしれません。
11話も既に観たという方も多いのですが、どうでしたか?
私はボロッボロに泣いてしまい、「考察せねば・・」とパソコンの前に座るのですが、色んな感情が迸って上手く考えがまとまらなかったです😂
おかげでこんな深夜に投稿するハメにw
とりあえずはと、10話を維盛と資盛の恋にクローズアップして考察してみました。
10話のラスト、最終決戦となる壇ノ浦の戦いの始まりに流れたびわの歌に関しては、こちらの記事をご覧ください。
いよいよ11話ですが、少し考察に手間取っております。
主に潅頂巻部分の五色の糸の解釈でなのですが、まだ自分なりの答えを出せていない状態です。
こちらは今しばしお待ちください。
次の話の考察を読む。
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